1年目フィールドワーク(2012年7月〜2013年3月)⑨新しい現場(フィールド)へ!

9月10日(月)。

この日は朝からいろんな事が起こった日だった。

無賃乗車してみようとして捕まったのも、この日の朝、フィールドワークに行く前の出来事(そのお話はこちら)。そして、フィールドワークで新しいプロジェクト先を見てきて、帰りに最寄駅でムンバイ渡航後初めて日本人に遭遇したのもこの日だった(その時のお話はこちら)。

 まずは、朝の無賃乗車の罰金の痛手を引きずりつつも、私はメジと10時前にダーダーのNGOのオフィスに到着。

 そこで私たちを待っていたのは、私たちが配属される新しいプロジェクトを仕切っているラジャシェーカー氏だった。彼はモジャモジャ頭にヒゲを蓄えた40代くらいのおじさん。

 ラジャシェーカー氏は、A財団がインドの大手自動車会社の支援を得て行なっている、ある教育プロジェクト(ここでは仮にNプロジェクトと呼ぶ)をムンバイで統括している人物だった。

 彼は名刺を私たちに1枚ずつくれて、Nプロジェクトの説明を小1時間ほどしてくれた。それによると・・

●プロジェクトの対象者は、貧しい家庭から通っている小学生の女の子たち。

 (補足…インドでは男尊女卑のため、女子があまり大事にされないケースがままある。)

●プロジェクトの内容は主に3つ。

 ①学習サポート(英語や数学を教える)

 ②物品面でのサポート(通学に必要な制服・バッグ・靴・文房具・レインコートなど18アイテムを支給する)

 ③モラル・社会的サポート(サポート役の先生たちが、女の子たちのメンターにもなる)

●Nプロジェクトはインドのほぼ全ての州 (30州)で行われており、ここマハラーシュトラ州では、ムンバイを中心に約4800人の女子生徒がメンバーとして登録されている。

●対象となっている公立学校の中には、「学習センター」という名前のプロジェクトのための部屋が設けられている。そこで「コミュニティ・アクティビスト」と呼ばれる先生役の女性が2人、学習サポートを行っている。

「君たちには、小学校へ行ってNプロジェクトの子どもたちに英語を教えてもらいたい。」

インドの小学校で貧しい家庭の子どもに英語を教える…なんだか、日本での国際協力ボランティア募集の宣伝文句みたいだ。

 その時、私は俄然やる気だった。

現場(フィールド)にやっと行けるようになった、というだけでワクワクしていた。英語の先生とソーシャルワーカーの仕事は全く違う…という本質的な問題に気づくのは、しばらく経ってからだ。(メジはその時点で気付いていたかもしれない。)

 ともあれ、その後ラジャシェーカー氏は、私とメジをこれから2人が配属になる2つの小学校に連れて行ってくれた。その小学校があるのは、オフィスのあるダーダーからさらにムンバイ南部へ向かって駅2つ分(所要時間5〜10分)電車に乗って行ったカリーロード駅周辺。

 午前11時ごろ。私たちはラジャシェーカー氏に連れられてカリーロード駅に降り立った。

 まず、駅から目的地の小学校に着くまでの徒歩10分ほどの道のりが面白かった。

 歩いて行くのは、賑やかな商店街沿いの一本道。

片側1車線ずつの道にそれぞれ歩道が付いていて、街路樹はぽつぽつと菩提樹が立っていた。

 道沿いでいわゆる「店舗」(ちゃんと建物の中にあるお店、という意味)を構えているのは、サリー屋、小さな食堂、薬屋、貴金属屋、文房具屋、お米屋、携帯電話屋などなど。

 バケツなどを置いている日用品屋さんの横にあったのは、メジによると「配給所」だった。見た目は、正面に木の簡素なテーブル台が置かれていて、奥にお米の袋っぽいのがたくさん積まれた倉庫みたいな場所だ。

 そこは貧しい家庭に政府がお米・砂糖・灯油などを配るパブリック・ディストリビューション・システム(PDS)の出張所。極め付けは、そこに猫が4匹くらい飼われていて、無類の猫好きの私にはフィールドワークの絶好の癒しポイントだった。(多分、お米にたかってくるネズミ除けで飼われていたんだと思う。)

 歩道の車道側(建物側にあったのが、今挙げたようなお店の数々)には、地べたに座り込んで商売している人や、簡素なお店ブースがこれまた延々と続いていた。座り込み型のお店は、ピアス、髪ゴム、プラスチック製品(手桶とか)、そして様々な野菜…ピーマン、キャベツ、コリアンダー(パクチー)、ナス、トマト、ジャガイモ、玉ねぎ。

(ジャガイモと玉ねぎはインドの家庭料理では必須!よく一緒に売られている。キロ単価で秤を使って値段が決まる。)

 簡素
なお店ブースというのは、一応屋根のあったココナツウォーター屋さん。

実はここのお店は、今後メジと私のフィールドワーク御用達(又の名を、トラップ)になる。お店には生のココナツが20〜30個はゴロゴロ積まれている。おじさんに1個頼むと、実の上部を長いナイフでシャッシャッと削って、中の水分があるところに穴が空くと、そこにストローを挿して飲ませてくれる。

 当時は1個28ルピー(約45円。次の年には30ルピーに値上がりした)。1個を1人で飲むとけっこうお腹パンパンになるので、2人で飲むくらいがちょうど良かった。

 また、前もって「果肉付き(マライワラ)」のココナツを頼んでおくと、ココナツウォーターを飲み終わった後に、果肉部分の「マライ」(歯応えのある固めのものからトロトロのゼリー状のものまである)を食べさせてくれる。

 さて、話が逸れたけど、そんな商店街を抜けて左側へ一本道を入れば、1校目のJ小学校に到着だ。

 学校は白い塀に囲まれていて、日本と同じような校門がある。(私が見た中では、この小学校はインドの公立校では立派な方。)校舎はしっかり建てられている感じで、広く綺麗だった。3階建ての最上階の一室がNプロジェクトのための学習センターにあてがわれていた。

 そこで私たちを待っていたのは…。

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