第1学期(2012年6~10月)⑭一軒目の家 マイソール・コロニー~美しい。しかし遠い、高い~

 私とルームメイトのジョーティ(以下ジョー)は、留学中に3軒の家を転々とした。マイソール・コロニーは、その初めのお家があった住宅地の名前。そこに住んだのは、4ヶ月ちょっとだ。

 元々は、私もジョーもそんなに短期間で移るつもりはなかった。でも、大学院が始まってしばらくして、周りの状況が見えてきた頃、他の学生はもっとずっと学校の近くに住んでいて、家賃も安い…ということが発覚した。

ちなみに、マイソール・コロニーでの家賃は一人当たり1ヶ月8000ルピー(約1万3000円)。学校の近くのアパートメントの相場は6000~7000ルピー。

マイソール・コロニーからの通学15分(オートリキシャで)も、日本人の感覚でいけば近いけれど、大半の学生は徒歩5~15分圏内(オートリキシャなら1~5分)に住んでいた。そして、夕方や夜に学校からマイソール・コロニーに帰るには、遠くてリキシャが行きたがらなかったり、途中渋滞があったりして15分では帰れなかった。

 

ともあれ、家も住宅街の環境も、とても素敵な所だった。

マイソール・コロニーは、学校から大通りをリキシャで西にひた走って、ぶつかった幹線通り沿いに南に進み、そこからだだっ広い農薬工場の横を抜けると、木々と壁に囲まれた住宅地に辿りつく。入り口には踏切のようなバーが渡してあって、その横に守衛さんがいる。

守衛さんがバーを上げてくれて、そのままリキシャで住宅地の中へ乗り込む。ブロックが敷かれた道の左右には、庭付き一戸建ての美しーい家々が続いている。どの家も50坪以上はあって、それが120戸ほど並んでいた。私たちが下宿したクワトラ家はそのほとんどどん詰まりの位置にあった。

 

そこに住んでしばらくして気付いた…マイソール・コロニーはその辺りでも有数のお金持ちの地域だ、ということ。

ムンバイにはとにかく土地がない。

そもそも街中で一軒家をほとんど見かけない。中流階級の人たちでもアパートメント(日本でいうマンション)に住んでいるこの街で、マイソール・コロニーは相当な高級住宅地だったことになる。そこに住んでる子供たちは、幼稚園や小学校くらいの年でもきれいな英語が喋れた。

(ふつう、ムンバイの街の子どもだったら、母語マラーティとムンバイでの共通語ヒンディーが話せて、英語では簡単なあいさつができるくらい。英語が話せるということは、英語が母語のコミュニティを除けば、育った家庭の財力を示している…と私は思う。)

 

さて、下宿先のクワトラ家は、外観が真っ白な3階建ての一軒家。

鉄柵の門を入ると、黒と茶色のでっかい犬が一匹ずつうろついていた(怖い)。

1階は大家さん一家の住まい。2階に2部屋、3階に1部屋、下宿用の部屋があって、私とジョーは2階の一部屋(10畳ほど)を二人でシェアしていた。

 

そこはとにかく、広くて美しい家だった。一番綺麗なのは1階。シックな内装や飾りのある客間があって、「TVの撮影に使われたこともあるんだよ。」と大家さんが自慢していた。

階段を上がって木製の重厚な扉を開けると、私たちの住む2階。

床と壁、天井は真っ白。ベッドルームが3つ。(一つが私とジョーの部屋、もう一つがカリッサ達3人の部屋、最後の部屋は大家さんの娘が昔使っていたらしく、立ち入り禁止だった。)

そして、台所、トイレ&シャワールーム、極めつけは20畳くらいあるリビング(でっかいTV付き。外にちょっとしたバルコニーまであった)。1・2階はインターネット完備(ただし、しょっちゅう繋がらない)。

 

台所は細長くて、そろっていたのは冷蔵庫・電子レンジ・シンクの上に浄水器(生水が飲めないムンバイの必需品)・ガスコンロ(火口が4つもあった!)と、奥に洗濯機・乾燥機。

ちなみに、洗濯や皿洗い・掃除はメイドさんがやってくれた。(メイドさんについては、また後ほど。)

 

私たちの部屋にはアンティーク調のベッド2台と、その横に椅子が1脚ずつ、それとカップボード(学校のゲストハウスにもあった扉付きの収納家具)が2つあった。天井にはお馴染みの扇風機。そしてその部屋には、インドで暮らした中で最初で最後のエアコン(笑)も完備されていた。

 

大家さんご夫婦は70~80代だった。

パンジャーブ州だったか、北の方の出身。現役時代は、アンクル(おじさん)は服屋さん、アンティ(おばさん)はカーテンなどをデザインしていたらしい。

娘のナンディータは40代で独身(たぶん。結婚を大事にするインドにしては、珍しい)、実家から働きに出ていた。息子夫婦はアメリカにいると聞いた。おばさんと娘はよく太っていた。

 

夫婦は元商売人のせいか、抜け目がなかった。6月20日(水)に学校のゲストハウスからマイソール・コロニーに引っ越した夜のこと。

おじさん「敷金が25,000ルピー(約4万円)で、今月分の家賃が8000ルピーだよ。」

私「え?おじさん、今月は私たち10日しか住まないけど…。」

おじさん「それでも、8000ルピーだ。」

…がめつい。おかげで、手元所持金が24,500ルピー(と、空港で換えずにおいた300ドル)になってしまった。

 

 ところで、クワトラ家には、使用人が4人いた。次回はそのお話をしま~す。

 

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