第1学期(2012年6月~10月)②お宿を求めて

 

 タクシーは真っ暗な界隈で停車した。

ナビンさんはスーツケースを下ろして(タクシーの上の荷棚から振り落とされずに、ちゃんと残っていた)、「Come.」(来い)と言う。付いていくしかないので、ややおっかなびっくりで付いていく。

彼は真っ暗なビルに入っていって、ジャラジャラッと鉄の鎖が格子状になった蛇腹の扉を開けた。日本では一昔前のガレージの開閉に使われていたタイプの扉。それは、インドでよくあるエレベーターの扉だった。私はそんな、ドアが手動になってるようなエレベーターの存在を知らなかったので、やや半信半疑。動くのかなぁ、これ。しかも、扉が鎖と鉄の棒(?)だけなのでドア側の空間がスカスカ…。四方八方が密閉状態の日本のエレベーターに慣れていた身には、何となく不安…。

とは言え、エレベーターは無事に4階くらいに着いた。そこが私のために予約してもらっていたゲストハウスだった…のだが、なんと部屋が満室になっていて、ナビンさんはお宿の人に私を泊めるのを断られた。

「そうは言ったって、こっちは予約したじゃないか!」

「とにかくもう満室だからダメ!」

みたいな口論(予想)をしばらくしていたのだけれど、結局ナビンさんが折れた。私は知らなかったが、その時(6月10日未明)彼はその日の夜の予約をしてくれていたらしい。私が学校に行くのは11日のお昼の予定だったので、とにかくそれまで泊まる場所が必要だった。

 その後。一軒目のゲストハウスをすごすごと去り、ナビンさんが帰るのに使うはずだったタクシーにもう一度2人で乗り、もう2軒ほど近くのゲストハウスを回った。その内1軒なんて、スカスカエレベーターすらないのに、小男なナビンさんが20kgぐらいある私のスーツケースを抱えて階段をフーフー言いながら上ってくれた…ありがたいやら、申し訳ないやら。それなのに、宿は断られた。うん、申し訳ないですね。

 最終的にナビンさんが私を連れて行ったのは、暗いビルの一階にあった奨学金事務所の一室。(タクシー代は払ってくれた。)もう朝の5時くらいだった。こげ茶色の革張りのソファー(硬い)を指さして、ナビンさんは「Sorry.」みたいなことを言った。ここで寝てねってことだな。

「オーケー!サンキューサンキュー!」

謝るどころかむしろ、真夜中に空港まで迎えに来てくれて、重いスーツケースまで抱えてあっちこっち宿を探してくれてありがとうございました…。

 

 そして、寝る前にナビンさんがおトイレに連れて行ってくれた。事務所内の廊下を隔てた別の部屋。中にはナビンさんの奥さんと息子らしき小学生くらいのぼっちゃん。二人は床の上に敷かれた薄い毛布の上で雑魚寝していた。ナビンさんは一家住み込みで仕事してるのかな。その横のドアの奥がお手洗いだった。一歩入って。

『来た~!』

トイレットペーパーなしのインド式トイレ。洋式便器の横に、水のたっぷり入った大きなバケツ(日本のバケツの約3倍の大きさ)。その中にプラスチックの手桶がぷかぷか浮いてる。このインド式トイレをうまく使いこなせるようになるまで、私はこの先数ヶ月間に渡って試行錯誤をくり返した。この時はどうやったか忘れたけど、無理やりすませた。顔もそこにあったちいさな洗面台で洗った。ともかくも、ナビンさんに

Good night.(おやすみなさい)」

私が寝た部屋は八畳くらいのいわゆる事務室。頭上にはでっかい羽の3枚ついたファン(扇風機)が回っていた。すこし冷えるだけですぐ体調を崩す私には、ファンは要注意。パジャマに着替えて、寝る時用のゆるゆる靴下も履いて、硬いソファーの上で布団代わりに持ってきたバスタオルをかけて。

東京の家を出てから25時間。体はベタベタだったし、頭は疲れか眠気かでガンガン痛かった。これからの2年間に思いを馳せる余裕なんてなく、まず眠りなさい、という感じ。それでも、とりあえずムンバイに落ち着きました。おやすみ。

 

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