連載-インドがわたしの故郷になるまで 1年目秋休み(2012年10月〜11月)3. 秋休み後半:病人 ※あまりに前回から時間が空いてしまいました…。前回のお話はこちら。 デリー小旅行から帰って4日間は完全に病人だった。 (そもそも秋休み前の期末試験期間から体調悪かったので、かれこれ2週間くらいこんな調子だった事... 2020.10.08 連載-インドがわたしの故郷になるまで
ブログ blog ああぁ… インド社会ブロガー名乗ってるのに、1ヶ月近くブログ更新できてない、体たらくです。 原因は、 娘が生後10ヶ月過ぎて少し日常生活のパターンが読みやすくなったのと、 千葉県でコロナの状況がそこそこ落ち着いているのもあ... 2020.10.01 ブログ blog
かんまき物語 from えひめ 【現在】これから〜日本の村とインドの村〜 目次 4. これから〜日本の村とインドの村〜 過疎地に必要なもの 日本とインドの村 最後に じいちゃんばあちゃんの住んだ家「おおたね」の石垣に生命力いっぱいに自生していた多肉植物。 4. これか... 2020.09.06 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【現在】残っていた人たち 3. 残っていた人たち(2015年) 2015年1月、母方のじいちゃんの七回忌で宇和島に行った。 その時、幸恵ばあちゃん・ノブヱばあちゃんと父と私とで上槙まで足を延ばした。東京から愛媛まで来るのもなかなか難しくなった父方の幸恵... 2020.09.02 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【戦後〜現在】戦後の上槙・上槙とわたし 目次 1. 戦後の上槙 2. 上槙とわたし 1. 戦後の上槙 ここまで見てきたように、私のじいちゃんばあちゃんが生まれ育った村、上槙は町からだいぶ離れていて、周りも山だったために開発が遅れ、戦時中まで江... 2020.08.31 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【戦前・おまけ2】屋号 上槙には一軒一軒の家に家の名前、屋号が付いていた。 「小林さんち」とか言うよりも、屋号を使っていたのだ。 進じいちゃんの家は「おおたね(大谷)」、幸恵ばあちゃんと母の実家は「のぼりはえ(登りハエ)」、ノブヱばあちゃんの実家は「... 2020.08.31 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【戦前・おまけ1】道を作ったひいじいちゃん 電気も水道もなかった上槙だが、もう一つないものがあった。 それは道路。 リヤカーや人力車、さらには車を走らせられるような舗装された道だ。 「道路なんてどこでも当たり前にあるもんじゃないの?」 と思われるかもしれない... 2020.08.26 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【戦時中】祖父母2人とも中国へ ※この話は今回初めて書きました。私が2016年にまとめた「かんまきレポート」には書いてなかった内容。けれど、流れ的にも戦争の時の話が抜け落ちてるのは変だし、何よりも今年は戦後75年で少しは関心を持ってくださる方がいれば・・と思って書いてみ... 2020.08.24 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【戦前】村の仕事・一日・夜の生活 目次 5. 村での生活 ④大人たちの仕事 6. 村の一日 7. 村の男女(うふふ) 5. 村での生活 ④大人たちの仕事 上槙の村の人たちは、どうやって生計を立てていたのだろうか?基本的には農業、そして林業に... 2020.08.15 かんまき物語 from えひめ
かんまき物語 from えひめ 【戦前】村での生活②子供③医者迎え 目次 3. 村での生活 ②子供たち 4. 村での生活 ③病院もなくお医者さんもいなかった 3. 村での生活 ②子供たち じいちゃんばあちゃんの時代は子だくさんだった。じいちゃんは3人きょうだい。ばあ... 2020.08.15 かんまき物語 from えひめ