第1学期(2012年6~10月)⑪夜のパーティとムンバイ観光♪

 (前回からのゲストハウス生活の続き。)

 こんな風にして、留学の始めに学校のゲストハウスで過ごした10日間は、私にとってかけがえのない時間になった。そこに滞在した間に、留学生仲間のタラやハディ達と仲良くなって、まるで「インド留学」という大海原に飛び込んでいく前の自分のホーム、とか家族のような存在に彼らはなってくれたから。

 ゲストハウスに泊まっていた間、毎晩のように私たち7人は誰かの部屋に集まっておしゃべりをした。

共通語は英語!

私にとっては初めての英語生活だったので、めちゃめちゃ疲れた。今までとは違う思考回路をムリヤリ開拓しながら会話を進めるような感覚。自分の言いたいことを英語でひねり出すのも大変だけれど、相手の英語を聞き取って理解するのも一苦労だった。

 ある晩、私とタラの部屋にみんなが来ておしゃべりしていた。

その日もだいぶ頑張って英会話 (笑)をした後で、私の脳みそはあまりに疲弊していた。私は自分のベッドの背もたれによりかかっていた。みんなは周りでまだまだしゃべってる。こっちはまぶたまで重くなってきて限界。『も、もう会話についていけん~。』

 私はあっさり諦めて目をつむった。半分寝たフリだった。でも、ずぶずぶと眠りに引き込まれていった。

 少し経った頃にアフガン男子ハディが囁くように言ったのが聞こえた。

「おや、彼女眠ってしまったよ。きっと疲れていたんだね。そろそろ行こうか。」

「そうだね、おやすみ。」

「おやすみ。」

みんなは引き上げていって、残ったルームメイトのタラが部屋の明かりを消してくれたのを感じた。優しい人たち。

 別の夜には、外の廊下で夜のお茶会。ゲストハウスの部屋を出ると、廊下が団地の通路みたいになっていた。夕飯の後、タラが、

「今日はここでお茶会をしましょうよ!」

とほがらかに言った。私は内心、『ええー、めんどくさい。なんか野暮ったい。』と思った。けれど、みんなでめいめいの部屋からソファと低いテーブルを運んできた。お菓子とお茶(部屋に備え付けてあった)も出した。

 部屋の中は蒸し暑かったけれど、外は風があって涼しかった。アフガン男子のハディがインドに来る前は学校の先生をしていた、とか、そんな身の上話をまた英語でした。

 はじめは億劫だったのに、やってみるととても楽しかった。留学生のみんなは私以上に写真を撮る(そしてフェイスブックにそれをアップする)のが好きで、その時のお茶会の写真も残っていて、今では大事な思い出の一枚になっている。

 また別の晩。

その日は、ミランとニッディヤーナンの部屋でダンスパーティーになった。最初はただテレビを見ながらしゃべっていたのだけれど、いつの間にか流れでみんな踊り始めた。それぞれの国の踊りをみんなで真似っこしあった。私が躍ったのは、盆踊りの中で一番好きだった炭坑節。

 その時、それまで口数が少なくて(しかも名前の発音が難しすぎて)印象の薄かったニッディヤーナンが、ダンスが超うまいことが発覚した。人は見かけによらない。みんな何かしら、素敵なものを持っている。

 6月14日(木)。明日からは大学院の入学オリエンテーションが始まるぞ~、という日に、留学生事務所が私たち留学生をムンバイ観光に連れて行ってくれた。車1台チャーターしてくれて、行先は…

・ハーレー・クリシュナの寺院(ヒンドゥー教のお寺。たいへん立派。)

・ジュフ・ビーチ(アラビア海に面する砂浜!海は土色だった…。)

・「ムンバイの渋谷」バーンドラのレストランで肉料理ランチ♪(学校ではひたすらベジタリアン料理のため、とっても貴重。)

・「ムンバイのモン・サン・ミッシェル」と呼んでも過言ではない、海沿いのイスラム寺院ハジ・アリ(美しい白亜のモスク。イスラム教徒じゃなくてもお参りできるけど、帽子やスカーフ、バンダナで髪を覆わないといけない。)

・もう一つヒンドゥー教のお寺。(すごく狭い坂の上にあって、そこをみんな裸足でお参りしてゆく。ふもとで靴を預かってくれる商人?がいる。参道もお店で賑やか。)

・タタ財閥が作ったムンバイの誇り、高級ホテルのタージ(外観も内装もとっても洗練された美しーいホテル。中に入って、宿泊客気分でみんな写真をバシバシ撮った♪)

・タージ・ホテルのすぐ横にある、これまたムンバイ市民の誇り、インド門(イギリス人が植民地時代に作った重厚な石の門。海に向かって建っている。)

・インド門とタージ・ホテルを望む遊覧ボートにも乗船♪

位置的には、私たちの学校はムンバイ市の東側の中部にある。そこから北→西→南と周って、最後にまた学校に戻ってきたのは夜21時頃だった。

 学校の周りはいわゆる郊外で、アパートメント、スラム、お店、家(一軒家は少ない)、離れたところには工場もあった。一方でムンバイの南側には高層ビルがぼんぼん立っていた。そのあたりを車で走っていた時にひときわ高いビルがあったので、『ムンバイで一番高いビルは○○ビル!みたいなのはあるのかな?』と思って、事務所の人に、

「あのビルの名前はなんていうの?」

と聞いてみたけど、流されてしまった。今思うと、きっとそれは、①私の声が聞こえてなかった②単純にビルの名前が分からなかった③ランドマークの高さはインド人は気にしない?(から結局知らない)、のどれかだったのかな。

 だいぶ気合いの入った観光だったので、帰ってくる頃にはもう疲労困憊。夕ご飯は、キャンパス内の売店で豆のカレーを食べた。四角いステンレスのワンプレートに乗った、ちょっと寂しいごはん。豪勢な昼間のランチとの落差を噛みしめつつ、これからの現実に思いを馳せた。

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