インドで出会った世界②『Midnight traveler』友達が難民になった@アフガニスタン

社会系

こんにちは、みやまです。今回はアフガンの友だちの話と、映画『ミッドナイトトラベラー』の話です。

今年2021年の8月15日に、

アフガニスタンでは反政府武装勢力のタリバンが政権を掌握しました。

その時のニュースまとめはこちら。(NHKのページに飛びます。)

このニュースが飛び交っていた当時、私はアフガニスタンの首都カブールにいる5人の友達のことを心配していました。

2012年〜14年まで同じ時期にインド・ムンバイの大学院で学んだ3人。次の年にアフガンから新たに留学してきた2人。(女の子も1人いました。)みんなアメリカの奨学金経由で来て、カウンセリングを勉強していました。今回は名前は伏せます。

8月下旬に、3人のなかの1人とFacebookのメッセンジャーで連絡が取れました。

仮にM君とします。

M君は

「アフガニスタンから逃げたんだ。僕は今タジキスタンにいる。」

と教えてくれました。

友達が住み慣れた自分の家や家財、友達も何もかも全てを置いてきて、難民になってしまった…。これは相当なショックでした。

と同時に、政権崩壊から1〜2週間で国を逃れたM君の行動の早さにも驚嘆。同級生の2人も国を出ようとしている、と言っていました。

M君は彼のお母さん、奥さん、子ども2人と逃げたそうです。(お父さんはどうなったのか、聞けなかった…。)

M君によると、タジキスタンでは難民用の住居に住んでいて、言葉の壁があって物価も高いけどなんとかやってる、とのことでした。一方で、

「ここには教育も仕事も食べ物もない。どこか他の国に移ろうと考えてるよ。」

と言っていました。それと、こんなことも。

「日本政府はまだ多くの難民を受け入れると発表していない。日本は人口が減っているんだから、アフガン人が必要だよ。僕たちはみんな5人以上子どもを作るんだから。」


さて。

M君とはその後もたまに連絡をとっています。彼以外の友達もどうしているかなぁ…と気になっています。そんな中で、今回この映画が公開されていて、万障繰り合わせて観てきました。

ミッドナイトトラベラー

アフガンからヨーロッパに奥さんと娘2人と逃げた映画監督のセルフドキュメンタリー。スマホだけで撮影したというから驚きです。

お時間のある方、ぜひ観に行ってみて下さい。

ここからはややネタバレです。

逃げた距離が5600kmというのは書かれていましたが、私が圧倒されたのは距離よりも時間。経由国のトルコで確か1年、セルビアでは1年3ヶ月、難民住居スペースで次の国へ移る許可を待ち続けたり。

印象的だったのは、

トルコで密航エージェントに2000ドルもの大金を払って、結果騙されてしまい、奥さんが泣くシーン(ほぼ全財産だったらしい…きつい。)、

お姉ちゃんのナルギス(10歳くらい)と妹のザフラ(5歳くらい)が移動に疲れて眠りこけているシーン、

ナルギスが

「退屈なんだよ・・!」

と言って泣くシーン。そうだよね、退屈だよね。言葉も通じない国で、学校も行けないで、区切られた場所にほとんどいて…。「難民」の生活を垣間見た一瞬でした。

また、作中でナルギスが難民用アパートの狭い部屋で、マイケル・ジャクソンのこの歌詞に合わせてノリノリで踊っているシーンには考えさせられるものがありました…。

All I wanna say is that

They don’t really care about us…

言いたいのは、やつらは僕たちのことなんでどうでもいいんだ

Michael Jackson “They don’t care about us”

マイケルのこの曲、知ってたけど、ちゃんと歌詞を読んでなかった…

今更だけど、マイケル・ジャクソン深いですね…。


最後に。

映画は美しいシーンもありましたが、基本的にはしんどい物語です。

けれど、無関心ではいられない物語。自分の友達もまさに今、映画の中の監督たちと同じ状況にあります。監督とナルギスたちがセルビアからハンガリーへの移動許可をもらって移動するところで、映画は終幕。でも、彼らの生活だってまだまだ落ち着いていない、と書かれていました。

M君家族もヨーロッパを目指すのかな…。

映画には、難民を追い出そうとする人たち・逆にサポートをしようとする人たちも映し出されていました。これはすでに難民を受け入れている国だから見えてくるシーン。

一方で日本はまだ難民を受け入れる前の段階です。

ちょっとずつでも門戸が開かれていくことを願います。

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