コヒマ~空の星と地上の星~

インドの北東7州のひとつ、ナガランドに来ています。
州都コヒマは、高い山の上にできた都市。

今回は、大学院時代の友達メジに会いに来ました!
コヒマも千葉と同じくらい寒いです。人々はたき火や暖炉で暖を取ってます。

で、今回は歴史のお話。
いろいろ観光もしたのですが、ある意味コヒマで体験した中で一番心に残った場所なので、書かせてください。

昨日、友達とその彼氏が私を連れて行ってくれたのは、第二次世界大戦の墓地(War Cemetery)でした。

大戦中のインパール作戦は、ミャンマー側から入って、今のインドのマニプル州で主に行われたと思いますが、ナガランド州はそのマニプル州のお隣。
日本軍はここまで来ていたのです。
(私は恥ずかしながら、今回初めて知りました。)

ウィキペディアによると、こんな感じです。

***
『コヒマの戦い』
1944年4月~6月
連合国側のインド兵士を含めたイギリス軍と、日本軍約12000~15000人が三度に渡って戦闘を繰り広げた。最終的にはイギリス軍が勝利。
この戦いは、日本軍による英領インドへの侵略を阻んだものとして人々の記憶に刻まれている。

イギリスの戦没者慰霊団体が造営したコヒマの墓地には、1420体のイギリス軍の犠牲者が眠っている。
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実際に、3人で墓地を歩いて来ました。
20~30分くらいで回れます。

私はとても写真を撮る気にはなれなかったのですが、美しい場所でした。慰霊団体によってきれいに整備されていて、ちらほら花も咲いていました。
春には花々が咲き乱れて見物だそうです。インド人や欧米人の観光客もいました。

私は行く前からメジに
『泣かないでよ。』
と言われていたのですが、一つ目のお墓を見た時から既に涙腺がゆるんでいました。

一つ一つの墓碑には、亡くなった人の名前、出身地、歳、そして家族からのメッセージなどが彫られていました。

それらを見ていると、「何千人亡くなりました」と聞くのとは違って、
誰かの息子で、夫で、父だった35歳や26歳が、
名前のあった誰かがここで命を落としたのだと思い知らされます。

中には誰なのか特定できずに、
『第二次世界大戦の兵士』
と記されたお墓もありました。

日本で沖縄のガマや資料館を見に行っても思うことですが、改めてひしひしと感じました。

二度と戦争をしてはいけない。

ちょっと、教訓めいた話になってしまいました。
ただ、ここでもう一つだけ皆さんにお見せしたいものがあります。というか、実はこれを見てもらいたくて今回の記事を書いています。

『墓地で一番大事なのはここだ』
と言って、メジの彼氏ケニーが連れて来てくれたのは、斜面に造られた墓地の一番下。
そこの記念碑にはこう書かれていました。
『故郷に帰ったら、みんなに伝えてくれ。
お前達の明日のために、私達は自分達の今日をあげたんだ。』
さすがに、メジに『もう泣いてもいい?』と聞いて泣きました。
もう二度とこんな決断を強いられる人達がいませんように。
コヒマは山の上にある都市です。
夜には空に満天の星座が、
そして地上には無数の灯がまるで星のように瞬いています。
星になった人達が、この街を彼方から見守っているのでしょうか。

2件のコメント

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    死にたいと思う人間は別にして、戦争では死にたくないのに権力によって強制されて、あたら命を提供させられます。短縮された命の時間。そのために将来やりたいと思っていたこと、計画がすべて無駄になります。
    第二次大戦の戦争による犠牲者数は数千万人と言われていますが、その一人ひとりに、一度しかない命があり、それが奪われた。そう考えると、悲しみよりも、憤りの方が強くなります。
    断固、戦争には反対し、戦争を賛美したり、煽ったりする人々にはそうならないように対話をしたいと思っています。
    私は、学生時代、中国人を上官の命令で銃剣で刺し殺した日本兵に自分が絶対にならないようにするには、そのような状況にあった時、そうしないでいられるにはどうしたらよいか、自分はどのように生きていけばよいのかと、考えていました。今でも同じですよ。

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    >アヨアン・イゴカーさん
    いつも読んでくださってありがとうございます。
    はい、私も対話を大事にしていきたいです。どうぞ良いお年を。

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