月別: 2019年3月

第1学期(2012年6~10月)31.こんなとこに日本人・・・② 連載-インドがわたしの故郷になるまで

第1学期(2012年6~10月)31.こんなとこに日本人・・・②

(①からの続きです) ゆりさんたちは、チェンブー駅から歩いて数分のホテルに泊まっていた。「こんにちは〜!」NGO「光の音符」代表のゆりさんは、豆粒みたいに小さな顔に、笑顔が印象的な女性だ。歳は私の親世代、京都の大学で音楽の先生をしている。ホテルには他の男子学生もいて、ホテル内のカフェで4人…
第1学期(2012年6~10月)30.こんなとこに日本人・・・① 連載-インドがわたしの故郷になるまで

第1学期(2012年6~10月)30.こんなとこに日本人・・・①

 ムンバイに渡航して3ヶ月。その間、私の行動範囲内(大学のあるチェンブー地域やフィールドワークで行く場所)では、一度も日本人に会うことがなかった。 およそ目に入るもの、耳に聞こえるもの何もかもが日本と違って、『同じなのは空だけだ・・・』と思っていた。たまに日本が恋しくなって、大通りを走る車の運転席を…
第1学期(2012年6~10月)29.悪いことはするもんじゃない。 連載-インドがわたしの故郷になるまで

第1学期(2012年6~10月)29.悪いことはするもんじゃない。

 9月10日(月)。月曜日はフィールドワークの日だ。その朝、私は普段と違う駅でフィールドワークのパートナーのメジと待ち合わせした。  ムンバイの列車の駅には改札口がない。駅の切符売り場で切符を買ったとしても、誰にも見せることなく駅のホームに行き、電車に乗り、目的地の駅で降りる。私はそれまで…
第1学期(2012年6~10月)28.まだまだ適応途上・・・ 連載-インドがわたしの故郷になるまで

第1学期(2012年6~10月)28.まだまだ適応途上・・・

 留学生活が始まって2ヶ月半ほど経った8月下旬。それなりに毎週フィールドワークも授業もこなしているつもりだったけど、無視できない問題がだんだんと持ち上がってきた。一つはフィールドワークの問題、もう一つは私自身の問題だった。  フィールドワークについては「第一学期」の後に書くときにまとめるけ…
第1学期(2012年6~10月)27.フィールドワーク、開始!(第1学期の後にまとめます) 連載-インドがわたしの故郷になるまで

第1学期(2012年6~10月)27.フィールドワーク、開始!(第1学期の後にまとめます)

 以前「第1学期 18」で書いたフィールドワーク(現地NGOでのインターン)が7月20日(月)から始まった。重複するけれど、NGOとは日本で言うNPOみたいなもの。私たちソーシャルワークの院生は、月曜・火曜の週2回フルタイムでフィールドワークに行くことになっていた。  ただ、フィールドワー…
すごくうれしい。 India

すごくうれしい。

(※名前は変えてあります。) ピンキーが結婚した。彼女はインドに留学した時のお友達。私のルームメイトのジョーのクラスメイトで、彼氏のジョンと一緒によく私たちのアパートに遊びに来ていた。そのピンキーとジョンが最近ついに、晴れて夫婦になれたのだ。 とってもうれしい。なぜって、これはた…
TISS(タタ社会科学研究所)最近の受験情報 TISS(2012-14年に通った大学院)

TISS(タタ社会科学研究所)最近の受験情報

こんにちは。長らく、自分はインド・ムンバイのタタ社会科学研究所(TISS)のソーシャルワーク修士課程にインド政府奨学金(ICCR)で行ってきましたよ~というお話をしてきたのですが。(というか、今も当時の留学記を連載させてもらってるのですが。) どうやら、ここ2年くらいはインド政府奨学金でT…
第1学期(2012年6~10月)26.道端の「家々」 連載-インドがわたしの故郷になるまで

第1学期(2012年6~10月)26.道端の「家々」

下宿先の豪邸から毎日学校へオートリキシャで通う時、途中の道端に小さなスラムがあった。そのスラムは、にぎやかな商店街チェンブー・キャンプの先にあって、道路に面した壁づたいに20軒ほどの黒ビニールで作られた「家」が並んでいた。家と言っても、一軒一軒は日本のお祭りの屋台くらいのスペースしかない。そして、後…