さて、大学院の授業が始まったのはいいとして、授業以前の問題もよく起こった。どういうことかと言うと、しょっちゅう教室の変更や授業のキャンセルがあって、その都度振り回される。それがほんとによくある。
でも、インド人学生はそんな不測の事態に対して、驚きの対処法を持っていた…。
6月28日(木)。その日は朝から雨がバシャバシャと強く降っていた。
私もルームメイトのジョーも、9時から授業があったので、9時前に家を出発。マイソール・コロニーの道は、水はけが追い付かなくて川のようになっていた。
やっとのことでコロニーの外までたどり着く。いつも通学に使うオートリキシャがいない。しょうがないのでそこにいたタクシーに二人で乗る。(ちなみに、リキシャだと片道40ルピーのところ、タクシーだと50ルピー。約80円。)
まだまだ雨の降る中、学校に到着。ジョーと別れて時間割表で指定された「グループワーク」の授業の教室に行った。…が、誰もいない。
「えぇ~。」
とりあえず、ソーシャルワーク専攻の掲示板を見に行く。もちろん(今朝の授業については)何も書かれていない。これが日本の大学だったら、授業に何か変更があろうものなら、掲示板で逐一親切に教えてくれる。しかし、ここはインドだ。専攻ごとに掲示板は用意されてるけど、当日の急な変更までカバーしてくれない。
掲示板の前で一人オロオロ。一緒に授業を受けるはずの学生たちの姿も形も見えない。『すでに遅刻なのに、これからどこへ行けばいいの~?』とひたすら焦る。
すると、そこに職員(もしくは先生)風の女性が通りかかった。天の助け!とばかりに飛びつく。
「すみません、マダム。グループワークの授業に来たのに、誰もいないんです!」
でも、相手も困った様子。そうこうしている内に、見知らぬ女の子がやってきて、その人と二言三言ことばを交わした。
不意にマダムが私に向き直って言った。
「この子が教室まで連れて行ってくれるわ。あなたと同じクラスの子よ。」
「ワオ、ありがとうございます!!」
『魔法みたい!』と思った。まるでその子、アクシャタが奇跡みたいなタイミングで私を助けに来てくれたように。彼女はソーシャルワークの別の専攻の子だった。ありがとう…。
教室は、その時私たちのいた旧キャンパスから、5分くらい歩いた新キャンパスに変更になっていた。ひどい。
私:「どうやって変更先の教室を知ったの?」
アクシャタ:「友達にメールで教えてもらったのよ。」
私:「な、なるほどー。」
そして教室に到着。びっくりしたのは、他の学生たちもどこからか教室変更の情報を入手して、変更先の教室にちゃんと座っていたこと。当然、授業もとっくに始まっていた。
後で分かったのだけれど、その時期私が自分のクラスメイトは誰なのかも把握してなかった一方で、インド人学生たちはとっくにクラスごとで繋がっていた。そして、教室変更や授業キャンセルがあるごとに、ケータイのショートメッセージで情報共有していたのだ。
どうやって繋がっていたかというと、その方法がまたすごい。
それは大学院が6月に始まるよりも前の4月ごろ。TISSの大学院入試の結果発表があった後に、早くもフェイスブックで「TISS2012-14年度 修士○○専攻」といったグループがいくつも作られていたそうな。もちろん、それぞれの専攻の全員が勢ぞろいしていた訳ではないけれど、インド人学生は入学前に既にそうやって知り合っていたのだ…行動早い!
ともあれ、私もそれ以降は授業ごとにできた友達とケータイ番号を交換して、変更やキャンセルがあっても情報をもらえるようになった。めでたしめでたし。
コメント
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酷い話ですね。
それにしても、インド人学生の対応の仕方も何だか手慣れたものでしたたかですね。英領統治の、不合理に対する抵抗みたいな遺伝子のようなものがあるのでしょうか^。^
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>アヨアン・イゴカーさん
こんばんは。コメントありがとうございました!
確かに、不満も含めてよく自己主張する人達な気がします。
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