いったい、僕はどういう運命なんだろう…[ハディ@アフガニスタン] インドで出会った世界

いったい、僕はどういう運命なんだろう…[ハディ@アフガニスタン]

「インドで出会った世界」シリーズ。 第1弾はアフガニスタンです。 これは2013年の写真。 大学院のフェスティバルで、私たち留学生が歌&ダンスのパフォーマンスをした時の1枚。 写っている人たちの国・地域が当てられますか? (気になる人のために…前列の左から、バングラデシュ・ネパール・日本・インドネシ…
「インドで出会った世界」シリーズ。 インドで出会った世界

「インドで出会った世界」シリーズ。

2012年〜14年のインド留学中に、大学院でいろんな国のひとと知り合いました。 2012年6月。まだみんなと出会って3日目くらい。学校のゲストハウスの廊下で、夜のティーパーティ♪ 友達は、わたしの財産。 この「インドで出会った世界」シリーズでは、 同じ留学生仲間の子達から知ったこと・学んだことを記し…
松戸市の産後ケア事業(千葉西総合病院)を利用してみた。 出産・子育て

松戸市の産後ケア事業(千葉西総合病院)を利用してみた。

かれこれもう1年前の話ですが…。これから利用を考えている方の参考になったら、と思って書いてみます。 とは言え、1年経っているので、今とは違う点もあると思います。そこらへんは、どうぞご了承くださいませ。 また、この利用レポート内容は私個人の理解・経験によるものです。千葉西総合病院さんには何の責任もあり…
赤ちゃんに手作りスパイスティー♪ 出産・子育て

赤ちゃんに手作りスパイスティー♪

こんにちは、娘がもうちょっとで1歳になる…!みやまです。 先日、出産後初めて葛西のよぎさんのレストラン「レカ」に行ってきました。 (お店のページはこちら♪食べログページはこちら。) よぎさん、多忙な中、娘とめっちゃ遊んでくれて、いろいろお話もできて、最後に「プレゼントです。」と赤ちゃんの身体に良いス…
1年目秋休み(2012年10月〜11月)3. 秋休み後半:病人 連載-インドがわたしの故郷になるまで

1年目秋休み(2012年10月〜11月)3. 秋休み後半:病人

※あまりに前回から時間が空いてしまいました…。前回のお話はこちら。 デリー小旅行から帰って4日間は完全に病人だった。 (そもそも秋休み前の期末試験期間から体調悪かったので、かれこれ2週間くらいこんな調子だった事になる。) ①10月31日(水) 朝ごはんの後、オートリキシャで学校の無料診療所へ。(休暇…
ああぁ… ブログ blog

ああぁ…

インド社会ブロガー名乗ってるのに、1ヶ月近くブログ更新できてない、体たらくです。 原因は、 娘が生後10ヶ月過ぎて少し日常生活のパターンが読みやすくなったのと、 千葉県でコロナの状況がそこそこ落ち着いているのもあり、 私がいろいろ好きな事をやり始めたから。 9月は、 新型コロナウイルスの感染拡大後初…
【現在】これから〜日本の村とインドの村〜 かんまき物語

【現在】これから〜日本の村とインドの村〜

目次 4. これから〜日本の村とインドの村〜 過疎地に必要なもの 日本とインドの村 最後に じいちゃんばあちゃんの住んだ家「おおたね」の石垣に生命力いっぱいに自生していた多肉植物。 4. これから〜日本の村とインドの村〜 過疎地に必要なもの 2016年1月に、宇和島市役所に上槙の人口を問い合わせてみ…
【現在】残っていた人たち かんまき物語

【現在】残っていた人たち

3. 残っていた人たち(2015年) 2015年1月、母方のじいちゃんの七回忌で宇和島に行った。 その時、幸恵ばあちゃん・ノブヱばあちゃんと父と私とで上槙まで足を延ばした。東京から愛媛まで来るのもなかなか難しくなった父方の幸恵ばあちゃん(当時89歳)に故郷の上槙を見せてあげようね、というのが目的だっ…
【戦後〜現在】戦後の上槙・上槙とわたし かんまき物語

【戦後〜現在】戦後の上槙・上槙とわたし

目次  1. 戦後の上槙  2. 上槙とわたし 1. 戦後の上槙 ここまで見てきたように、私のじいちゃんばあちゃんが生まれ育った村、上槙は町からだいぶ離れていて、周りも山だったために開発が遅れ、戦時中まで江戸時代とさほど変わらない生活をしていた。電気がやっとこさ通ったのは、戦後何年かしてからだ。 私…
【戦前・おまけ2】屋号 かんまき物語

【戦前・おまけ2】屋号

上槙には一軒一軒の家に家の名前、屋号が付いていた。 「小林さんち」とか言うよりも、屋号を使っていたのだ。 進じいちゃんの家は「おおたね(大谷)」、幸恵ばあちゃんと母の実家は「のぼりはえ(登りハエ)」、ノブヱばあちゃんの実家は「うしろやしき」。 この左側に「のぼりはえ」があった。今は木々が鬱蒼と茂って…